2021.05.10
一歩一歩、一本一本。
「これまで、エンターキーを押して切り替わるくらいのスピードの変化を求められているような気がして生きてきたな」、と
穂別で和晴さんと出会い、
土の上を歩いたり牛を眺めたりすることが日常になってきたときに思った。
でも本当は、人は歩くくらいのスピードでしか変化できないんじゃないか。
一歩一歩と、着々と。
空を眺めたときの雲が流れていくような刻々とした変化。
(実際は雲の流れる速さは時速4・50Kmくらいみたいなので、なかなかな速さですが笑)
パソコンを使った仕事をずっとしてきた私は
エンターキーを押せば
ポンとメールが送られ、ポンとページが次に進むような、
そんなスピード感のなかに暮らしていたように思う。
天気によって仕事の内容ががらりと左右されることはないし、
日が暮れるのが早くなったからといって仕事が早く終わるわけではなく、明かりを灯せばOKだ。
田舎の、農家という家業の暮らしで特徴的なことは
自然の摂理とともにあるということかなと思う。
すぐそこに、芽吹いてきた命があって、終えていく命もある。
そんなわけでこちらはばあちゃんの庭より、牡丹の葉の芽吹き。
左下の葉が水滴を一粒抱えていて、綺麗。
ばあちゃん「たぶん、こっちの(写真↓)、“枝から葉っぱが出ている株”は今年花がつくと思うけど、こっちの(写真↑)“枝から葉っぱが出ていない株”は花がつかないと思う。」とそれぞれの紫陽花を指差して言った。
株に冬囲いをしていたけれど、枝から葉っぱが出ていない方は4月に袋が取れてしまったときがありそれで寒さにあたったかなぁとのこと。
なるほど。
自宅に入ったら、由幸さんが台所で作業をしていて、覗くと“穂別だるまいも”の種芋がたくさんあまりそうだ、と。
それでいくつか食べ方を試してみる、とのことで、だるまいものヒゲを焼いているところだった。
種芋とは、1年目にビー玉くらいのだるまいもの種を植えてその秋収穫できる10㎝くらいのおいものこと。
サイズ感はこんな感じ。(こちらのページでも説明しています)
ヒゲを焼き切ったものから、素揚げと、アルミホイルに包んでグリルで蒸し焼きに。
揚がっただるまいもに塩を振り、パクリと食べて、「うん、イケる」と言ったときの由幸さんはこちらです。笑
売ろうかどうしようかまだ決められていませんが、
熟成した大きなだるまいもの甘みとはまた違い、淡白なあっさりとした味わい。これはこれで、お芋という感じで美味しかった。
そしてこの日に中澤家に届いた小包は、一区切り閉じゆくパン屋さんから。
「fu-sora」さんからのパンたち。
写真を撮る前におすそわけしたり食べたりで実際はあと2つほど入っていました
先月末「店主体調不良による無期限休業」とのお知らせを見て、最後の発送分にオーダーしたものが届いたのでした。
出会いのきっかけは、和晴さんが「北大マルシェ」という2010年〜2019年まで北海道大学農学部前にて行われていたマルシェに出店していたとき、同じくfu-soraさんも出店されていたことがきっかけでした。
「大きなパン。見た目が小さいのに思ったより重いなと感じるパン。
fu-soraのパンは、そんなのばかりかもしれません。
しっかり焼き込まれたクラスト(パンの表面)は、香ばしい麦の香りがするはずです。
もっちりしっとりしたクラム(パンの中身)は、何だか懐かしいような滋味深い味がするはずです。
そんなfu-soraのパンを食べた時、ほんのり幸せな気持ちになっていただけたら嬉しいです。」
WEBサイトにはそのように書いてあります。
まさにそうでした。
一昨年私がつわりで食欲を落としていたとき、無性に食べたくなったもののひとつがfu-soraさんの「柑橘ピールとオーガニックチョコレートのパン」で、
和晴さんに伝えたらセットを頼んでくれて、美味しくてとても嬉しかった。
今回、まもなく1歳になる娘が最近15時すぎにお腹が空いたそぶりをしていたので
娘の「はじめてのおやつ」に、届いたばかりのパンを一緒に食べた。
前回食べたときはおなかの中にいた娘が、いまは私の膝の上におっちゃんこして、「おかわりおかわり」というように自分の手でムシャムシャ食べている。
fu-soraさんのご挨拶文は「いつかまた、再開(再会)できましたらと思います。」と締めくくられていた。
またいつか食べることができたら、そのときがまた私たちにとってなにかの節目になるんだろうな。と思った。
パンを食べながら庭を見ていると、ばあちゃんがなにかの苗を、一本一本土に差し込むように植えていた。
今度なんの苗なのか聞いてみよう。
fu-sora滝澤さん、20年間の大きなひとくぎり、大変お疲れ様でした。